「これでよかったのかもしれない」と思えたこと

清美のライフストーリ

木漏れ日が差し込む穏やかな一本道と、遠くへ続く明るい道

 

過去の「もしも」を見つめ直したとき、見えてきた大切な気づき

先日、大切な友人とゆっくり話をする時間がありました。

穏やかな空気の中で心地よく言葉を交わしていたとき、ふと、自分の中からこんな言葉がこぼれ落ちました。

「もっと勉強しておけばよかったな」

それは、大人になった今の私が、ふとした瞬間に心の中でよく振り返ってしまうことのひとつです。

「あのとき、もっと勉強していたら」
「もう少し頑張っていたら」
「違う選択をしていたら」

もし別の道を選んでいたら、今とはまったく違う人生があったのかもしれない——。そんな風に、選ばなかった選択肢の先にある景色を思い描いてしまうことがあります。

温かな光が差し込むカフェで、友人とマグカップを囲みながら語り合う様子
友人のひと言がくれた、新しい視点

すると、私の言葉を静かに聞いていた友人が、こんなふうに言ってくれました。

「でもね、もしもっと勉強していたら、ほかのことをやっていて、占い師になっていなかったかもしれないよね」

その一言を聞いた瞬間、胸の奥ですっと視界がひらけるような感覚がありました。

「あぁ、確かにそうかもしれないな」と。

私は占い師という仕事を始めてから、気づけば20年以上という月日が経ちます。
この歳月の中で、本当にたくさんの方々と出会い、かけがえのないお話を聞かせていただき、深く豊かな時間を共に重ねてきました。

もし、あの頃の私が違う選択をしていたら。
今とはまったく違う場所で、まったく違う誰かと出会い、別のことをしていたのかもしれません。
そう考えると、この20年で出会えた愛おしい縁のすべては、あの頃の私の選択があったからこそ巡り逢えたものなのだと気づかされたのです。

やわらかな木漏れ日の中を未来へ続く、緑に囲まれた穏やかな一本道
遠回りも、迷った時間も、すべてが繋がっている

もちろん、人間ですから「あのとき、こうしておけばよかった」という後悔や未練が、完全に消えてなくなるわけではありません。

人生を振り返れば、誰の心の中にもいくつもの「もしも」が存在します。

「もっとこうしていたら」「あちらを選んでいたら」「あのとき諦めていなかったら……」

けれど、選ばなかった道があるからこそ、私たちは“今歩いているこの道”に立っています。
かつて遠回りをしたことも、立ち止まって深く迷ったことも、思うようにいかず涙したことも。

その渦中にいるときは意味が分からなくても、ずっと先の未来まで歩んでから振り返ってみると、
「あの出来事があったからこそ、今のここに繋がっていたんだ」
と思える瞬間が、必ず訪れます。

過去の出来事そのものを変えることはできません。

けれど、過去に対する意味づけや見え方は、「今の自分」の捉え方次第で、いくらでも温かいものへと変えていくことができます。

「あれでよかったんだ」と、無理に肯定しようとしなくても大丈夫。

ただ、今ここにいる自分をふと見つめたときに、
「これでよかったのかもしれない」
そんな風にそっと頷ける瞬間があったなら、それだけで人生はとても豊かで素敵なものなのだと思います。

遠回りした時間も、迷い続けた日々も。
そのすべてが、今のあなた、そして今の私を作る大切なかけらです。

今日まで自分が一生懸命歩んできた道に感謝しながら、これから歩んでいく未来の道も、愛おしく大切に重ねていきたいですね。

 

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