「なんで?どうして?」と考えてしまうときに、私がやめたこと
人間関係で、ふとした一言や態度に引っかかって、
「なんで、あんなことを言うんだろう?」
「どうして、あんな行動をするんだろう?」
と、頭の中で何度も考えてしまうことはありませんか。
相手を理解しようとしているつもりが、
気づけば心だけが疲れてしまう――。
この記事では、人の言動に「なんで?どうして?」と考えて苦しくなっていた私が、
その問いを手放すことで人間関係が楽になった考え方を、実体験とともにお伝えします。
友人と過ごしていても、
お客様と接していても
とてもよく耳にする言葉があります。
「なんで、あの人はああなんだろう?」
「なんで、あんな言い方をするんだろう?」
私自身も、以前はよくそう考えていました。
人はみんな、自分の価値観で生きている
私が常々感じているのは、
人は誰でも、自分の価値観や考えが正しいと思って生きている
ということです。
それは、どんな人であっても同じ。
- その人なりの正しさ
- その人なりの常識
- その人なりの世界の見え方
それを基準に言葉を選び、行動しています。
だからこそ、
自分の価値観や考えと違う言動をする人を前にすると、
「なぜ、あんなことを言うの?」
「どうして、そんな行動をするの?」
と、疑問が湧いてくるのだと思います。
人間関係で「なぜ?どうして?」の答えは、見つからないことが多い
でも私は、こうも思っています。
相手が自分と違う価値観で生きている以上、
その「なぜ?」の答えは見つからないことが多い
一生懸命考えても、
相手の頭の中や人生経験まで完全に理解することはできません。
それなのに、
「どうして?」
「なぜ?」
と考え続けると、
気づかないうちに心が疲れて、
同じところをぐるぐる回る“沼”にはまってしまいます。
だから私は、こうお伝えすることがあります。
人間関係で私が選んだ考え方|「なんで?」をやめるという選択
「なぜ?どうして?」と考え続けるよりも、
- ああいう言い方をする人なんだ
- ああいう行動をする人なんだ
と、早めに切り替えたほうが楽ですよ、と。
これは、相手を切り捨てることでも、
冷たくなることでもありません。
自分の心を守るための選択だと思っています。
「あきらめる」とは違う|明らかにして受け入れるということ
ある理論を教えてくださった先生が、
こんなお話をされていました。
あきらめるとは、
明らかにして、受け入れること
この言葉を聞いたとき、
私はとても腑に落ちました。
「あきらめる」というと、
ネガティブなイメージを持たれがちですが、
本当は、
- 相手と自分は違う
- その違いを認める
- 無理に分かり合おうとしない
という、とても優しい姿勢なのだと思います。
価値観の違いに苦しんだ私を救ってくれた考え方
私がこの考え方に助けられたのは、
姑との関係がとてもつらかった時期でした。
ひどいことを言われたり、されたりする中で、
「なんで、こんなことをするんだろう」
「どうして、私にこんな態度をとるんだろう」
と考えていたら、心が持たなかったと思います。
だから私は、
「ああ、この人はこういう価値観の人なんだ」
「私とは違う考え方で生きている人なんだ」
そう明らかにして、受け入れることを選びました。
すると、不思議と
自分の中の力みが少しずつ抜けていきました。
今も私は、「なぜ?」を手放しています
今でも私は、
できるだけ「なんで?どうして?」と考えないようにしています。
その代わりに、
- 自分はどう感じたのか
- 自分はどう在りたいのか
に意識を向けるようにしています。
相手を理解しきれなくてもいい。
納得できなくてもいい。
自分がこれ以上傷つかない選択をすること。
それで十分だと思うのです。
人の言動に悩み、考えすぎてしまうあなたへ
もし今、
- 人の言動が頭から離れない
- 「なぜ?」と考えて苦しくなっている
そんな方がいたら、
一度、そっと問いを手放してみてください。
「この人は、私とは違う価値観で生きている人なんだ」
そう明らかにして受け入れることが、
あなたの心を守る一歩になるかもしれません。
人の言動に傷ついたとき、
「なんで?どうして?」と考えてしまうのは、
あなたが真剣に人と向き合っている証でもあります。
でも、答えの出ない問いに、
これ以上自分を縛らなくてもいい。
相手と自分は違う。
その違いを明らかにして、受け入れる。
それは決して冷たいことではなく、
自分を大切にするための、やさしい選択だと私は思います。
もしこの文章が、
あなたの心を少しでも軽くしたなら、
必要なときに、また読み返してください。